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2007年の物故者
Wikipedia 訃報 2007年よりコピペ。
2月18日
松田清(76歳/虚血性心疾患)プロ野球選手
3月22日
菅野光夫(54歳/直腸癌)プロ野球選手
4月6日
中村浩道(71歳/クモ膜下出血)プロ野球審判員、野球解説者
5月8日
栽弘義(65歳/心不全)沖縄水産高校野球部監督
5月21日
野口二郎(87歳/肺炎)「日没だけが野口を止めた」プロ野球投手
5月26日
伊藤勲(65歳/肺癌)野球選手野球指導者
6月9日
関口清治(81歳/慢性閉塞性肺疾患/高田実彦によると痰を喉に詰まらせた)プロ野球選手
6月14日
鈴木悳夫(66歳/咽頭癌)プロ野球選手
6月25日
河西俊雄(87歳/慢性腎不全)プロ野球選手、プロ野球スカウト
7月6日
蔦行雄(77歳/胃癌)プロ野球選手、徳島県立池田高校野球部監督
8月9日
高橋栄一郎(71歳/膵腫瘍)プロ野球選手、山形県新庄市長
8月11日
平古場昭二(79歳)高校野球選手、プロ野球審判員
8月13日
佃正樹(52歳/食道癌)全国高等学校野球選手権大会優勝投手
8月15日
酒井敏明(73歳)プロ野球中日ドラゴンズ選手
8月17日
黒田一博(82歳/肺癌)プロ野球選手。広島の投手黒田博樹の父
8月25日
渡辺秀武(65歳/肺炎)プロ野球選手
9月10日
長船騏郎(83歳/肺炎)全日本アマチュア野球連盟会長
9月17日
中部慶次郎(74歳/肺癌)横浜ベイスターズ球団オーナー、マルハ社長
9月18日
長嶋亜希子(64歳/心不全)長嶋茂雄夫人
9月29日
上福元勤(41歳/直腸癌)東京讀賣巨人軍内野手
10月2日
大津守(76歳/心不全)プロ野球西鉄ライオンズ投手
11月13日
稲尾和久(70歳/悪性腫瘍)プロ野球選手、西鉄太平洋ロッテ監督、野球解説者、野球評論家
12月14日
花井悠(75歳/敗血症)西鉄ライオンズ外野手
12月15日
島野育夫(63歳/胃癌)プロ野球選手、野球解説者
12月15日
井上忠行(72歳/飛行機内で急性心筋梗塞発症)プロ野球審判
12月23日
藤井道夫(85歳/肺炎)阪急ブレーブス編成部長
12月25日
小野忠彦(74歳/多臓器不全)関西学生野球連盟会長
■以下、非野球関連
1月30日
シドニィ・シェルダン(89歳/肺炎による合併症)脚本家・小説家
2月6日
渡辺和博(56歳/肝臓癌)イラストレーター、エッセイスト
2月23日
池田晶子(46歳/腎臓癌)文筆家
3月14日
鈴木ヒロミツ(60歳/肝細胞癌)歌手俳優
3月22日
城山三郎(79歳/間質性肺炎)小説家
3月27日
植木等(80歳/肺気腫による呼吸不全)俳優コメディアン歌手。元クレージーキャッツ
4月11日
カートヴォネガット(84歳)小説家
5月3日
横山ノック(75歳/中咽頭癌)お笑いタレント、元参議院議員、前大阪府知事
5月17日
塩沢とき(79歳/スキルス性胃癌)女優
5月17日
藤原『テロリストのパラソル』伊織(59歳/食道癌)作家
5月27日
坂井泉水(ZARD/40歳/階段から転落、後頭部強打による脳挫傷)歌手、作詞家
6月1日
石立鉄男(64歳/就寝中の急性動脈瘤破裂)俳優
7月8日
村上恵梨(25歳/盲腸低分化腺癌)タレント
7月9日
ジェリー伊藤(79歳/肺炎)俳優、ジャズ歌手
7月18日
宮本顕治(98歳/老衰)元日本共産党中央委員会議長
7月19日
河合隼雄(79歳/脳梗塞)心理学者、第16代文化庁長官
7月28日
カールゴッチ(82歳)プロレスラー
7月30日
ミケランジェロアントニオーニ(94歳)映画監督
7月30日
イングマールベルイマン(89歳)映画監督
7月30日
小田実(75歳)作家
8月1日
阿久悠(70歳/尿管癌)作詞家、作家
8月10日
小阪修平(60歳/急性心不全)評論家、予備校講師
8月14日
山口小夜子(年齢非公表/急性肺炎)ファッションモデル
8月16日
マックスローチ(83歳)ジャズドラマー
8月23日
西村寿行(76歳/肝不全)小説家
8月26日
エドワードGサイデンステッカー(86歳/2006年に転倒後、入院療養中に死去)日本文学研究者
9月6日
ルチアーノパヴァロッティ(71歳/腎不全)テノール歌手
10月6日
グエンベト(26歳)ベトナムの結合双生児の兄
10月7日
阿部典史(32歳/川崎市の公道上で交通事故)オートバイレーサー
10月12日
黒川紀章(73歳/多臓器不全)建築家
10月18日
木原光知子(59歳/クモ膜下出血)元水泳選手(東京五輪日本代表)、タレント、実業家、日本水泳連盟理事
11月10日
ノーマンメイラー(84歳/急性腎不全)ノンフィクション作家
12月15日
ハイアングレイシー(33歳/強盗事件で収監され拘置所内で死去、死因不明)総合格闘家
12月25日
ダン池田(72歳/急性呼吸不全)バンドマスター
12月31日
エットーレソットサス(90歳)建築家デザイナー

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by nob_io | 2007-12-31 13:46 | リスト |
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小野忠彦(74歳)
おの・ただひこ。香川県出身。全日本大学野球連盟専務理事。関西学生野球連盟理事長。2007年12月25日、胃癌による多臓器不全のため東京都文京区の病院で死去。74歳。
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by nob_io | 2007-12-25 13:45 | 野球関連2007 |
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藤井道夫(85歳)
ふじい・みちお。外野手。高松商業学校時代に甲子園に出場。華北電電、常磐製紙を経て1950年阪急ブレーブスに入団し、俊足巧打の1番打者として活躍した(実働8年)。引退後は阪急スカウトとして数多くの選手の獲得に尽力し、編成部長も努めた。2007年12月23日午後3時40分、肺炎のため兵庫県西宮市内の病院で死去。85歳。
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by nob_io | 2007-12-23 13:41 | 野球関連2007 |
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島野育夫(63歳)
しまの・いくお。栃木県宇都宮市出身。作新学院高校から社会人野球の明電舎に進み、1963年に中日ドラゴンズに入団。1968年シーズン途中に南海ホークスに移籍。野村克也選手兼任監督のもとで頭角を現し、1973年には61盗塁を記録するなど俊足巧打の一番打者、守ってはこの年のゴールデングラブ賞を受賞する強肩外野手として活躍、この年の南海の優勝に貢献する。翌年・翌々年もゴールデングラブ賞に輝き、中心選手としてチームを牽引した。1976年に阪神タイガースに移籍し、1980年をもって現役引退。

1982-84年、阪神の守備・走塁コーチ。1986年、中日のコーチに就任。翌1987年に星野仙一が監督に就き、そこから星野とともに活動する機会が増える。現役時代は後輩の星野仙一を呼び捨てにしていたが、星野は2歳年上の島野を「島ちゃん」と呼ぶ一方、監督とコーチという関係になった時から島野は「監督」と呼び敬語を使うようになり、それは終生変わらなかったという。落合博満は現役引退後の著書で、中日が優勝を果たした1988年シーズン中、コーチ陣では島野だけが選手の相談役となり、起用法などの不満を聞いてやっていたと綴っている。鬼軍曹と呼ばれていたが、選手たちからも信頼されていた。相手の癖を盗む特技を生かし、1992年、阪神のコーチに復帰。1995年、中日に二軍監督として復帰。この年には休養した高木守道、徳武定祐の後を受け監督代行を務める。1999年の第2次星野政権のリーグ優勝に貢献、球界屈指の名参謀としてその名を轟かせる。

2001年オフ、阪神の監督に招聘された星野仙一に従う形で阪神にコーチとして復帰。この時、島野は中日の二軍監督として残留することになっており、すでに発表済みでもあったが、それを一方的に破棄する格好になった。中日側からは批判の声があがったが、星野は「オレと島ちゃんはどんな名刀でも切り裂くことができない」と言い、非はこちらにあるが、勘弁してくれと中日サイドを説得したという。星野の妻からの信頼も厚く、中日時代に交わした「主人を日本一にしてあげてください」という約束を守るために星野に追随して阪神に移籍したとも言われる。2003年に阪神がリーグ優勝を果たすのに大きく貢献した。当時健康問題を抱えていた星野が試合中にベンチで休み、それに代わってヘッドコーチの島野が実質上の采配をふるったこともあった。翌2004年、星野の勇退とともにコーチを辞任しフロント入りしたが、2005年に久万俊二郎オーナーの鶴の一声で一軍総合コーチに復帰した。2006年には二軍監督に就任するが、4月26日から胃潰瘍による長期入院を余儀なくされ、シーズン中は立石充男二軍打撃兼守備コーチが監督代行を務めた。2007年、現場から離れ総合特命コーチに就任。12月15日、胃癌のため兵庫県西宮市の病院で死去した。63歳。亡くなる数か月前、神戸・三宮に創作洋食の店をオープンし、オーナーとして経営していた。島野が亡くなってからは夫人が店長兼オーナーを務めている。
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by nob_io | 2007-12-15 13:36 | 野球関連2007 |
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井上忠行(72歳)
いのうえ・ただゆき。プロ野球選手、プロ野球審判員。福岡県三井郡出身。八女工業高校卒業後、門司鉄道管理局を経て1957年内野手として西鉄ライオンズに入団。主に中西太の後釜として一塁手・三塁手の控えをつとめ、1964年まで現役を続けた。現役時代の通算記録は、実働8年で584試合に出場し、945打数170安打の.180、18本塁打、71打点、3盗塁。

その後セ・リーグ審判部に入局、関西審判部の中堅として長年活躍した。審判員としての出場記録は通算3263試合、日本シリーズ6回、オールスター6回。引退前年の1996年には、61歳という高齢ながらオールスター・日本シリーズW出場を果たしている。有名な試合としては、1987年中日の近藤真市によるルーキー初登板・初先発ノーヒットノーラン達成試合で球審をしていた。2007年12月15日、沖縄でのマスターズリーグの試合後、飛行機で帰途の際に急性心筋梗塞を発症し急逝。72歳。
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by nob_io | 2007-12-15 13:22 | 野球関連2007 |
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花井悠(75歳)
はない・ゆう。岐阜高校で夏の甲子園大会に投手で出場し準優勝。慶應義塾大学→日本石油野球部を経て、1957年、西鉄ライオンズに入団し、当時黄金時代を築いたチームの主軸打者として活躍した。左投左打、外野手。1964年引退。現役引退後は西鉄に打撃コーチとしてしばらく残留、退団後は解説者、コメンテーターとして活躍。2007年12月14日、敗血症のため死去。75歳。
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by nob_io | 2007-12-14 13:18 | 野球関連2007 |
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